水の都ベネチアで生まれた特許制度の歴史

特許制度は中世ローロッパでの発明者条例からはじまったと言われています。日本においては近代化が進んだ明治時代にその骨格ができあがりました。本記事では、特許制度の歴史についてシンプルかつ分かりやすく解説したいと思います。



始まりはベネチア共和国から

特許制度のはじまりはイタリアの港町・ベネチアが共和国だったころまで遡ります。

1474年 ベネチア共和国で「発明者条例」が公布。ヨーロッパではこれから近代化が始まろうとしている中、この発明者の権利を守るという制度が産業の発展に大きく寄与したのです。

このベネチア共和国の特許法はのちに「近代特許の基本的特徴を備えた制度」と呼ばれるようになりました。

【ベネチア共和国の特許法】
新規かつ独創的な技術に限られる
特定の期間(10年)に限られる
特許は公式記録として政府機関に登録される
侵害判定は裁判所に委ねられる

ベネチアの元老院は発明者を守る必要性を説き、また発明がまた新たな発明へと繋がり、その結果経済は発展し国力が増すという考えから次のように述べていました。

「発明・発見の才能に恵まれた人々がいる。もし、発明者達から彼らの名誉が奪われないように、新規かつ独創的な発明品を保護する法令を定めるならば、さらに多くの人々が社会のために優れた発明品を創造するために、彼らの才能を活用することになるであろう」

事実、当時盛んだったガラス工芸を中心に織物業界、金属加工の技術者たちの創造性をおおきく刺激しました。ベネチア共和国ではその後、経済は急速に発展しヨーロッパ経済の主流として成長を成し遂げたと言われています。

世界の特許制度

世界初の特許は、1421年イタリア・フィレンツェ共和国の建築家へ与えられた資材運搬船にかかるものだと言われています。

イギリスで特許制度が発展

その後、1624年 イギリスでは特許法として「専売条例」が制定されました。特許における基本的な考え方がより明確化され、これが現在の特許制度へと繋がっていきます。

18世紀になると世界各国で特許制度が制定

産業革命がおこり、社会構造が大きく変わろうとしていた18世紀から19世紀にかけて、フランス、ドイツ、トルコ、アメリカなどで特許法が制定されていきます。

日本の特許制度

明治維新後、日本においても国力の増強を推進し近代化を進めようとするなか、さまざまな開発が行われていました。しかし、当時に日本には発明者を保護する制度はなく、発明品を簡単に模倣されたり、その発明から生まれる利益を享受できなかったりとさまざまな問題が発生していました。

明治政府は、発明者の権利を守り産業を発展させるという観点から1885年(明治18年)4月18日に「専売特許条例」が公布。これが日本の特許制度の始まりです。

実際には1872年(明治2年)に「専売略規則」という専売特許条例の前身となるものを制定しましたが、審査体制の不備などを理由に1875年(明治5年)には執行を停止しました。その後、特許制度を求める世論の高まりを受け、また諸外国の法規を参考にしつつ新たな特許制度を制定しました。これが1885年(明治18年)4月18日に制定された「専売特許条例」です。

日本における特許第一号は明治18年7月1日東京府堀田瑞松により出願された「堀田式錆止塗料とその塗法」です。近代化が進み木船から鉄製の船舶へ変わる中、海水によるサビが問題となり強力な防腐塗料の開発が求められていました。堀田瑞松は、漆を使用することでこの課題を克服。海軍省からも認められる効果を得て、特許を取得したのが国内での第一号となります。


(特許第一号の明細:特許庁)

大正10年の改正では先発明主義から先願主義に移行、昭和34年の改正では大正10年法が大きく改正され、現行の特許法となりました。